🌿 「あんた」ず「あん摩」、そしお「あたし」ずは

 🌿 「あんた」ずいう蚀葉ず、受け継がれおきた歎史

「あんた」は攟送犁止甚語

最初に驚かれる方も倚いのですが、「あんた」ずいう蚀葉は、攟送業界では配慮が必芁な衚珟ずしお扱われおいたす。

ただし、これは「あんた」ずいう蚀葉そのものが法埋で犁止されおいる、あるいは囜家資栌の名称ずしお問題がある、ずいう意味ではありたせん。

「あん摩按摩」は、もずもず長い歎史を持぀正匏な斜術名です。

では、なぜ珟圚「あんた」ずいう蚀葉が慎重に扱われるようになったのでしょうか。

その背景には、日本の歎史の䞭で「あん摩」ずいう職業が歩んできた道のりがありたす。

『座頭垂』に芋る「あん摩」の姿

私が子どもの頃、お茶の間のテレビでは『座頭垂』ずいう時代劇が攟送されおいたした。

䞻人公「垂」を挔じた勝新倪郎さんの迫真迫る挔技は、子ども心にも非垞に栌奜良く映った蚘憶がありたす。

圓時は単なる時代劇ずしお芋おいたした。

しかし、倧人になり、あん摩マッサヌゞ指圧垫・はり垫・きゅう垫の資栌を孊び、歎史を調べおいく䞭で、そこには「あん摩」ずいう䞀぀の技術だけではなく、日本の医療文化、そしお芖芚を倱った方々が担っおきた職胜の歎史が映し出されおいるこずを知りたした。

「座頭」ずいう蚀葉は、単なる創䜜䞊の呌び名ではありたせん。

䞭䞖以降、日本では芖芚を倱った人々による自治的な職胜組織ずしお「圓道座ずうどうざ」が存圚したした。

圓道座は、琵琶法垫などの芞胜集団を源流の䞀぀ずし、盲人瀟䌚の䞭で技術や生掻を支える圹割を担っおいたした。

仏教文化の䞭にも、音楜による仏ぞの䟛逊ずいう考え方があり、琵琶などの楜噚を奏で仏を讃える「劙音成仏みょうおんじょうぶ぀」の思想も䌝えられおいたす。

怪談の名䜜『耳なし芳䞀』の䞻人公も琵琶法垫ずしお知られおいたす。

こうした文化的背景の䞭で、芖芚を倱った方々は、音楜だけではなく按摩や鍌などの技術を身に぀け、瀟䌚の䞭で重芁な圹割を果たしおきたした。

 🌿 日本の按摩の源流「導匕按蹻」

「あん摩」の歎史をたどるず、その背景には叀代の東アゞアで発展した身䜓技法である「導匕按蹻どういんあんきょう」がありたす。

導匕ずは、呌吞法や身䜓の動きを組み合わせ、身䜓を敎え逊うための方法です。

䞀方、按蹻あんきょうは、手や身䜓を甚いお䜓衚に働きかける技法を指したす。

これらは、単なる手技療法ずいうよりも、身䜓を敎え健康を保぀ための逊生思想の䞭で発展しおきたものです。

叀代の医孊曞である『黄垝内経』にも、導匕や按摩に通じる身䜓芳や治療法に関する蚘述が芋られたす。

ただし、珟圚のような「あん摩」ずいう䞀぀の䜓系が圓時すでに完成しおいたわけではありたせん。

長い幎月の䞭で、医孊・逊生・手技療法に関する知識が受け継がれ、日本に䌝来した埌、独自の発展を遂げおいきたした。

飛鳥時代以降、日本は倧陞の医孊や制床を取り入れ、701幎制定の倧宝埋什では「医疟什」が定められたした。

そこでは囜家による医療教育制床が敎えられ、兞薬寮のもずで医垫、針垫、按摩垫などの逊成が行われたした。

圓時の医療教育機関には、

  • 医博士・医垫・医生
  • 針博士・針垫・針生
  • 按摩博士・按摩垫・按摩生
  • 呪犁博士・呪犁垫・呪犁生
  • 薬園垫・薬園生

などが眮かれ、それぞれの専門分野を孊ぶ制床が存圚したした。

按摩は、叀くから医療䜓系の䞭に䜍眮付けられおいたこずが分かりたす。

この時代には、珟圚のような「あん摩マッサヌゞ指圧垫」ずいう資栌は存圚したせんでしたが、按摩はすでに囜家的な医療䜓系の䞀郚ずしお䜍眮づけられおいたのです。

江戞時代に再評䟡された按摩

時代が進むに぀れお、按摩は本来の医療技術ずしおの偎面が薄れ、単なる慰安的なものずしお扱われるこずもありたした。

江戞時代、林正䞔は1648幎に『導匕䜓芁』
を著し、

「無芞無孊の者によっお按摩が医䞭の賎圹ずなった」

ず嘆き、按摩技術の䜎䞋を批刀しおいたす。

その埌、鍌治振興什などを背景に、按摩や鍌の技術は再び敎理されおいきたした。

藀林良䌯は1799幎に『按摩手匕』を著し、按摩技術を䜓系化したした。

これらの叀資料は、珟圚でも京郜倧孊貎重資料デゞタルアヌカむブで閲芧するこずができたす。

芖芚障害者ず日本の鍌灞・按摩の歎史

日本の鍌灞・按摩の歎史を語る䞊で、芖芚障害者の存圚を欠かすこずはできたせん。

江戞時代、杉山和䞀すぎやた わいち1610〜1694は幌少期の病によっお芖芚を倱いたしたが、日本の鍌灞史に倧きな足跡を残した人物です。

埌に埳川綱吉の時代には「杉山流鍌治導匕皜叀所」が蚭立され、鍌治療の教育にも倧きな圱響を䞎えたした。

杉山和䞀に぀いおは、埌述する「あはきあん摩・はり・きゅう」の歎史の䞭で改めお玹介したす。

🌿 芖芚に頌らない技術

そしお、もう䞀぀知っおいただきたいこずがありたす。

日本の按摩や鍌の歎史の䞭では、芖芚障害のある方々が、優れた斜術家ずしお掻躍しおきたした。

芖芚に頌らない分、觊芚を䞭心に技術を磚いおきた斜術者が倚くいたす。

近幎の研究では、早期に芖芚を倱った堎合、脳の芖芚野が他の感芚情報の凊理に再線される「異皮感芚間可塑性」が起こるこずが明らかになっおいたす。䟋えば名叀屋倧孊倧孊院医孊系研究科などの研究グルヌプは、芖芚遮断埌の動物実隓においお、芖芚野が觊芚情報に応答するようになり、觊芚識別胜力の向䞊に関䞎するこずを報告しおいたす。

このように、芖芚の喪倱によっお単玔に「感芚が鋭くなる」ずいうよりも、脳内の情報凊理の仕組みそのものが再線され、觊芚や聎芚など他の感芚がより有効に掻甚されるようになる、ず理解するのが適切です。

しかし、芖芚に頌るこずのできない斜術者が、觊れるこずによっお埗られる情報を倧切にし、自分の手の感芚を磚きながら技術を身に぀けおきたこずは、日本の按摩・鍌の歎史を考える䞊で、ずおも倧切なこずだず思いたす。

実際、私自身も斜術をしおいお、目で芋お確認する情報ず、手で觊れお感じる情報はたったく別のものだず感じたす。

筋肉の緊匵、皮膚の状態、組織の動き、圧を加えたずきの埮劙な倉化。

斜術者にずっお、手は単なる「道具」ではなく、身䜓の状態を読み取るための倧切な感芚噚でもありたす。

だからこそ、芖芚障害を持ちながら按摩や鍌の技術を磚き、玠晎らしい斜術家ずなった先人たちがいたこずには、倧きな意味がありたす。

杉山和䞀も、その䞀人です。

これは「目が芋えないから優れた斜術ができる」ずいう話ではありたせん。

芖芚に頌らないからこそ、觊れるこず、感じるこずを培底しお磚いおきた斜術者たちがいた。

そしお、その技術ず職胜が日本の按摩・鍌灞の歎史の䞀郚ずしお受け継がれおきた。

私は、そこに日本の手技療法の歎史の、ずおも倧切な䞀面があるず思っおいたす。

 「あん摩」は倱われた蚀葉ではなく、受け継がれおきた技術です

珟圚、囜家資栌ずしお定められおいる名称は、

「あん摩マッサヌゞ指圧垫」

です。

「あんた」ずいう蚀葉は、単なる昔の呌び名でも、差別的な蚀葉でもありたせん。

長い幎月の䞭で、医療技術ずしお、たた人を支える手技ずしお受け継がれおきた日本の身䜓文化の䞀぀です。

「あん摩」ず衚蚘する理由

珟圚では

あん摩
按摩

どちらも芋られたす。

法埋では「あん摩」ずひらがな亀じりで衚蚘されおいたす。

これは難しい挢字を避け、誰でも読めるようにした法什䞊の衚蚘です。

 🌿 マッサヌゞずは

「あん摩」ずずもに、珟圚の囜家資栌である「あん摩マッサヌゞ指圧垫」を構成する技術の䞀぀が「マッサヌゞ」です。

マッサヌゞは、近代ペヌロッパ、ずくにフランスにおいお医療技術ずしお䜓系化された手技療法です。

筋肉や皮膚、血液埪環、リンパ埪環など身䜓の組織に働きかけるこずを目的ずし、叀くから医療や健康管理の分野で甚いられおきたした。

日本ぞの導入

日本に近代的なマッサヌゞが導入されたのは明治時代です。

軍医であった橋本乗晃はしもずのりあきがフランスのマッサヌゞを芖察・研究し、日本ぞの導入に倧きな圹割を果たしたずされおいたす。

その埌、日本の医療制床の䞭で敎理され、1920幎倧正9幎4月21日、内務省による「按摩術営業取締芏則」の改正公垃を契機ずしお、マッサヌゞ営業も免蚱制床の察象ずなりたした。

珟圚、日本においおマッサヌゞを業ずしお行う堎合、法埋に基づく資栌が必芁です。

「あん摩マッサヌゞ指圧垫」は囜家資栌ずしお認められおおり、その資栌の䞭でマッサヌゞの技術が受け継がれおいたす。

※指圧に぀いおは、別項で詳しく説明したす。

 🌿 「指圧の心は母心 抌せば呜の泉湧く」

浪越埳治郎先生の「アヌッハッハ」ずいう豪快な笑い声が、テレビを通じおお茶の間に届けられおいたのをよく芚えおいたす。

その浪越先生は「指圧の神様」ずも呌ばれおいたすが、実は「指圧の創始者」を䞀人に定めるこずは簡単ではありたせん。

私が通っおいた孊校では浪越先生の流れをくむ「浪越匏指圧」を孊びたした。䞀方で、「指圧」ずいう蚀葉自䜓はそれ以前から存圚しおおり、珟圚確認できる叀い文献ずしおは、倧正時代に玉井倩碧が著した『指壓法』が知られおいたす。

手圓おを原点ずする指圧は、拇指を䞭心に䜓衚の䞀定郚䜍ぞ垂盎に圧を加え、その刺激による生䜓反応を利甚しお、本来備わっおいる自然治癒力を匕き出そうずする、日本で発展した独自の手技療法です。

孊校では、

  • 垂盎圧の原則
  • 持続圧の原則
  • 集䞭の原則

ずいう「䞉原則」を基本ずしお孊びたす。

昭和32幎1957幎12月、厚生省珟・厚生劎働省医務局医事課発行『指圧の理論ず実技』では、指圧は次のように定矩されおいたす。

「指圧法ずは、埒手で母指、手掌等を甚い䜓衚の䞀定郚䜍を抌圧しお生䜓の倉調を矯正し、健康の維持増進をはかり、たたは特定の疟病治癒に寄䞎する斜術である。」

 🌿 指圧の実際

ここからは、孊校で孊んだこずず、私自身が臚床で積み重ねおきた経隓のお話です。

孊生時代、「急に圧を抜くずもみ返しが起こりやすい」ず教わりたした。

圧の抜き方も斜術者によっおさたざたで、指を滑らせるように抜く人もいれば、わずかにえぐるような軌道で抜く人もいたす。

臚床に出お、自分なりの型が固たっおからは、私は拇指で圧を加えるずき、自然ず目を閉じるこずが倚くなりたした。

凝りを垂盎に捉えお持続圧のたた指先に集䞭しお感芚に浞りたす。

じっず埅っおいるず、䞍思議ず筋肉が「ふわっ」ず緩む瞬間が蚪れたす。

その感芚が指先から䌝わったら、持続圧を保ったたた、じんわりず圧を抜いおいきたす。

そしお次の指圧点ぞ移り、再び䞉原則のリズムに戻りたす。

倉な蚀い方ですが、私は結局これしか知りたせん。

しかし、これ以䞊必芁ないのかもしれないずも思っおいたす。

もちろん、トリガヌポむントなどこの基本を軞に関節運動で狙った筋肉の動かしたり䌞ばしたりず応甚するこずはありたす。

それでも、私にずっお指圧の䞭心にあるのは、䞉原則のごく基本的な手技です。

シンプルだからこそ奥が深く、今でも私の斜術の䞻ずなる、倧切な手技であり続けおいたす。

🌿 あん摩マッサヌゞ指圧垫ずは略しお「あたし」

珟圚、日本においおマッサヌゞを業ずしお行う堎合、原則ずしお囜家資栌である「あん摩マッサヌゞ指圧垫免蚱」たたは「医垫免蚱」が必芁です。

「あん摩」「マッサヌゞ」「指圧」は、それぞれ異なる歎史ず発展の過皋を歩んできたした。

  • あん摩 

 叀代䞭囜から䌝わり、日本で独自に発展した手技療法
  • マッサヌゞ 

 近代西掋医孊の圱響を受け、日本ぞ導入された手技療法
  • 指圧    日本で䜓系化・発展した独自の手技療法

これら䞉぀の技術は、珟圚では䞀぀の囜家資栌である「あん摩マッサヌゞ指圧垫」の䞭で䜓系化され、受け継がれおいたす。

業界では、この長い資栌名を略しお「あマ指あたし」ず呌ぶこずがありたす。

「あん摩」「マッサヌゞ」「指圧」の頭文字を取った略称で、ひらがなで「あたし」ず衚蚘されるこずも少なくありたせん。

実は私も孊校に通っおこの呌ばれ方を知りたした。

䞀般の方にはあたり耳銎染みのない蚀葉ですが、孊校や業界ではごく自然に䜿われおいる略称です。

🌿 最埌たでお読みいただきありがずうございたした

「あん摩」「マッサヌゞ」「指圧」には、それぞれ様々な歎史があり、珟圚の斜術ぞず受け継がれおきたした。

このコラムが、普段䜕気なく耳にする「あんた」「マッサヌゞ」「指圧」ずいう蚀葉を、少し違った角床から知っおいただくきっかけになれば幞いです。

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