「あはき」の「はり」と「きゅう」とは

🌿 「あまし」と「はり」と「きゅう」と古代東アジア医学体系

「あん摩」「はり」「きゅう」は、それぞれ独立した技術のように思われがちですが、その背景には古代東アジアで育まれた共通の医学思想があります。

その代表的な医学書が『黄帝内経』です。

『黄帝内経』は一人の著者によって書かれたものではなく、前漢代頃から長い年月をかけて編纂・整理された医学書で、『素問』と『霊枢』(古くは『鍼経』とも)を中心として構成されています。

その後、多くの部分が散逸しましたが、唐代(762年頃)に王冰おうひょうが『素問』を校訂・注釈し、さらに南宋時代には史崧(1155年)が『霊枢』を校訂しました。

現在私たちが目にする『黄帝内経』は、こうした長い編纂の歴史を経て伝えられたものです。

日本最古級の写本としては、京都・仁和寺に伝わる『黄帝内経太素』が知られています。これは唐代の楊上善(585~670)が『素問』と『霊枢』を再編・注釈した『黄帝内経太素』の一部を伝える貴重な資料です。

🌿 『素問』の「異法方宜論」

『素問』の「異法方宜論」では、土地・気候・生活環境によって適した治療法が異なるという考え方が示されています。

東方 … 海浜地域 → 砭石
西方 … 高燥地域 → 薬
北方 … 寒冷地域 → 灸
南方 … 温暖湿潤地域 → 鍼
中央 … 平坦な地域 → 導引按蹻

このことから、鍼・灸・薬・導引按蹻は、それぞれ独立した医療ではなく、土地や風土、身体の状態に応じて選択される一つの医学体系であったことが分かります。つまり、古代医学では病気だけを診るのではなく、「人がどの土地でどのように暮らしているか」まで含めて医療を考えていたことが分かります。

🌿 日本へ伝わった医学制度

日本は古くから朝鮮半島諸国(百済・高句麗・新羅など)との漢字文化通じて交流で仏教、医学知識を受け入れていました。

その後、遣隋使・遣唐使による直接交流も始まり、隋・唐の制度や医学を積極的に取り入れていきます。

701年制定の大宝律令では「医疾令」が整備され、典薬寮を中心とした国家的な医療教育制度が設けられました。

この制度の中には、医師・針師・按摩師・呪禁師などが置かれ、それぞれ専門教育が行われていました。

ただし、この時代の「針師」は現代の鍼灸師とは必ずしも同じではありません。

律令医療では、医学理論・薬物療法・鍼刺法・灸法・養生法などを含む幅広い医学体系が取り入れられており、当時の臨床では灸が広く用いられ、鍼は刺絡や排膿など外科的処置にも利用されていたと考えられています。

このことから、日本の律令国家が医学制度を整えた7~8世紀は、現在見る完成された『黄帝内経』がそのまま伝わったというより、当時の東アジアに蓄積されていた医学知識・制度・技術が総合的に伝来した時代であったと考えられます。

🌿 弘法大師と灸の伝承

弘法大師空海は、唐で密教を学んだだけでなく、当時の医薬や養生に関する知識にも触れ、それらを日本へ伝えたと伝えられています。

弘法大師が各地で人々に灸法や医薬を教えたという伝承は全国に数多く残され、「弘法の灸」「弘法灸」と呼ばれる灸跡・灸塚・寺院なども各地に伝えられています。

また、真言宗寺院では加持祈祷と医薬・灸が結び付いて語られることも多く、『性霊集』などからも空海の医薬や衆生救済への関心をうかがうことができます。

歴史的に、弘法大師が灸法を初めて日本へ伝えたことを示す史料は確認されていませんが、お灸を広く人々へ伝えた人物として語り継がれてきたことは、日本のお灸文化を考える上で欠かせない伝承の一つです。

🌿 江戸時代の鍼灸発展と杉山和一

江戸時代になると、日本の鍼灸は大きく発展します。

その中心人物の一人が、杉山和一(1610~1694)です。

杉山和一は幼少期に失明しながらも鍼術を修め、徳川綱吉の時代には「杉山流鍼治導引稽古所」が設立されるなど、日本の鍼術教育の発展に大きな足跡を残しました。

また、杉山和一が大成・普及した管鍼法かんしんほうは、日本独自の鍼技術として現在まで受け継がれています。

今日、日本国内で広く使用されている使い捨て鍼の多くも、この管鍼法を前提とした構造になっており、現代の鍼灸臨床にも大きな影響を与え続けています。

日本の鍼灸を語る上で、杉山和一は欠かすことのできない人物の一人です。

「あまし」「あはき」とは?

業界では略称として

あまし
あはき

という言葉が使われます。

「あまし」は

あん摩
マッサージ
指圧

を意味します。

「あはき」は

あん摩マッサージ指圧
はり
きゅう

を合わせた略称です。

一般にはあまり知られていませんが、国家試験や業界団体でも広く使われる正式な略称です。

本来知っていただきたいこと

「あんま」という言葉だけが独り歩きしてしまうと、

昔ながらの肩たたき
リラクゼーション
民間療法

という印象を持たれることがあります。

しかし実際には、

あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師は、法律に基づく国家資格です。

身体の機能改善や疼痛の軽減などを目的として施術を行い、一定の条件を満たせば医療保険(療養費)の対象にもなります。

「言葉」も文化の一部

「あん摩」「はり」「きゅう」という言葉には、それぞれ長い歴史があります。

歴史の中で誤解や偏見が生まれた時代もありましたが、それだけで本来の意味まで失われてしまうのは少し残念なことです。

国家資格として受け継がれてきた「あん摩」「はり」「きゅう」の本来の姿を、多くの方に知っていただければと思います。

🌿 最後までお読みいただきありがとうございました

「あん摩」「はり」「きゅう」には、それぞれ長い歴史があり、現在の施術へと受け継がれてきました。

このコラムが、普段何気なく耳にする「あんま」「マッサージ」「指圧」「はり」「きゅう」という言葉を、少し違った角度から知っていただくきっかけになれば幸いです。

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